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金澤義春物語第2部・私もホームレスだった(エピソード1からの続き)
納豆で飢えを凌ぐ
私は負けずに、浪花節で寒さを払いのけてとうとう朝を迎えた。
が、さすがに腹が減ってたまらない。食堂に行く金もない。ぶらぶらと多摩川の土手の方へ歩いて行くと、パン屋があった。とたんに私の足は停まってしまった。パンのあのたまらないにおいが私をひきとめたのだ。いや、もう足がうごかなかったのである。
パンには1個10円という値がついている。私のフトコロには8円しかない。私は図々しくも言ったものである。
「このパン、8円にまけてくれませんか」
パン屋が言った。
「なにを言ってるんだ。うちはこのパンを8円で仕入れて10円で売っているんだ。8円で売れるわけないだろう」
「じゃあ、半分を8円で売ってください」
「だめだ、うちはパンの切り売りはしないんだ」
私はそのとき、金の有難さ、1円の尊さをしみじみと感じた。いい教訓だったと思うが、それは後の話。あとの話といえば、こんな話もあった。私がプレス工場で働いて初めて8千円という給料を貰った時、私はそのパン屋に行って、なんと、店のパン全部買い取った。
パン屋の主人はびっくりした顔をしていた。そのパンを工場の皆さんにプレゼントし、残りは駅前のベンチの仲間たちに分け与えた。
胸がスーッとした。この気持ちは、読者の皆さんに分かって頂けるでしょうか…
ところで腹は益々減るばかり。なにか8円で買えるものはないかと、なおも多摩川べりを歩いていくと納豆屋を発見した。
しめた!と思った瞬間、その値段を見ると、これも金10円也。
えーい!当たって砕けろだ。
「その納豆8円で売ってくれませんか」
納豆屋はへんな顔をしていたが、
「あァいいよ、8円で売るよ」 と言って、私に、納豆を渡してくれた。
あァ、その納豆のうまかったこと、1粒食べては水を飲みといった具合に大切に頂いた。
ひと息ついて、なおも歩いていくと、ドッカン、ドッカンという音が聞こえてきた。なんだろうと思って近づくと、それはプレス工場だった。電灯の笠の何かを作っている。私にはよくわからなかったが、思い切って私は声をかけた。
「大分、忙しそうですね」
「あァ 忙しいよ……」
「ひとつ私に手伝わせてくれませんか」
「そうだな、機会がひとつ空いているから、やってみるか」
「お願いします……」
よくもまあ、機械のキの字もわからぬくせに言ったものだ。私はもう真剣だった。
工場主は、私の目の前に機械を置いた。有難いことに、それは簡単な仕事だった。よし、これならやれそうとそれに取組んだ。やがて昼になり、昼食の時間だ。
「あんたメシはどうする」
「何もありません……」
「じゃあ、残りものでよかったら、これを食べな」
出されたのが、茶碗に盛った雑炊。押しいただいて、夢中で食べた。そのおいしかったこと。今でも思い出すとヨダレが垂れるほどだ。
これで空腹は克服した。そして夕食をご馳走になり、夜の10時までがんばった。
「お兄ちゃん、よくがんばるね」
お褒めの言葉をいただき、奥さん手作りの雑炊をいただき、よし、これでいけると、私は自信をもった。
だが、寝るところは相変わらず駅前のベンチ、社長さん、工場のどこかに泊まらせて下さいとは一言もいわなかった。
エピソード3に続く
私は負けずに、浪花節で寒さを払いのけてとうとう朝を迎えた。
が、さすがに腹が減ってたまらない。食堂に行く金もない。ぶらぶらと多摩川の土手の方へ歩いて行くと、パン屋があった。とたんに私の足は停まってしまった。パンのあのたまらないにおいが私をひきとめたのだ。いや、もう足がうごかなかったのである。
パンには1個10円という値がついている。私のフトコロには8円しかない。私は図々しくも言ったものである。
「このパン、8円にまけてくれませんか」
パン屋が言った。
「なにを言ってるんだ。うちはこのパンを8円で仕入れて10円で売っているんだ。8円で売れるわけないだろう」
「じゃあ、半分を8円で売ってください」
「だめだ、うちはパンの切り売りはしないんだ」
私はそのとき、金の有難さ、1円の尊さをしみじみと感じた。いい教訓だったと思うが、それは後の話。あとの話といえば、こんな話もあった。私がプレス工場で働いて初めて8千円という給料を貰った時、私はそのパン屋に行って、なんと、店のパン全部買い取った。
パン屋の主人はびっくりした顔をしていた。そのパンを工場の皆さんにプレゼントし、残りは駅前のベンチの仲間たちに分け与えた。
胸がスーッとした。この気持ちは、読者の皆さんに分かって頂けるでしょうか…
ところで腹は益々減るばかり。なにか8円で買えるものはないかと、なおも多摩川べりを歩いていくと納豆屋を発見した。
しめた!と思った瞬間、その値段を見ると、これも金10円也。
えーい!当たって砕けろだ。
「その納豆8円で売ってくれませんか」
納豆屋はへんな顔をしていたが、
「あァいいよ、8円で売るよ」 と言って、私に、納豆を渡してくれた。
あァ、その納豆のうまかったこと、1粒食べては水を飲みといった具合に大切に頂いた。
ひと息ついて、なおも歩いていくと、ドッカン、ドッカンという音が聞こえてきた。なんだろうと思って近づくと、それはプレス工場だった。電灯の笠の何かを作っている。私にはよくわからなかったが、思い切って私は声をかけた。
「大分、忙しそうですね」
「あァ 忙しいよ……」
「ひとつ私に手伝わせてくれませんか」
「そうだな、機会がひとつ空いているから、やってみるか」
「お願いします……」
よくもまあ、機械のキの字もわからぬくせに言ったものだ。私はもう真剣だった。
工場主は、私の目の前に機械を置いた。有難いことに、それは簡単な仕事だった。よし、これならやれそうとそれに取組んだ。やがて昼になり、昼食の時間だ。
「あんたメシはどうする」
「何もありません……」
「じゃあ、残りものでよかったら、これを食べな」
出されたのが、茶碗に盛った雑炊。押しいただいて、夢中で食べた。そのおいしかったこと。今でも思い出すとヨダレが垂れるほどだ。
これで空腹は克服した。そして夕食をご馳走になり、夜の10時までがんばった。
「お兄ちゃん、よくがんばるね」
お褒めの言葉をいただき、奥さん手作りの雑炊をいただき、よし、これでいけると、私は自信をもった。
だが、寝るところは相変わらず駅前のベンチ、社長さん、工場のどこかに泊まらせて下さいとは一言もいわなかった。
エピソード3に続く